鬼課長の憂鬱
 一時はどうなる事かと思ったが、俺達は今キャサリンさんが淹れてくれた、たぶんジャスミン茶をすすりながら、穏やかに向かい合って座っている。

 キャサリンさんが言った“騙した”という言葉は、間違いではないが、やや不適切というか大げさだった。箪笥の上に、詩織が小さかった頃の家族3人の写真が乗っており、省三さんは、キャサリンさんや今は出掛けているらしいキャサリンさんの娘に、妻も娘も死んだのだと説明していたらしい。

 ちなみに、キャサリンさんは駅前のスナックで働いており、省三さんはその店の常連客で、二年ほど前から一緒に暮らすようになったらしい。籍は入れてないそうだが、事実上は夫婦も同然で、働き者のキャサリンさんとその娘は、家の事や省三さんの面倒をよく見てくれているらしい。

 そんな話を、俺達は殆どキャサリンさんから聞かせてもらった。省三さんはと言うと、殆ど口を開く事なく、俯いてばかりいた。


「あの、お父さん。お酒は……」

「ドクターストップです」


 詩織は省三さんに聞いたのだが、答えたのはキャサリンさんだった。


「え?」

「この人、お酒で肝臓やられて、死ぬところでした。わたしは責任感じて、省三の面倒を見る事にしたんです」

「あ、そうなんですね。ありがとうございます」


 なるほどね。キャサリンさんって、案外律儀なんだな。それはそうと、俺はそろそろ本題に入る事にした。


「実は俺達、この春に結婚するんです」

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