鬼課長の憂鬱
「わお!」


 俺の報告に、反応したのはやはりキャサリンさんだった。俺と詩織の手を両手で持ち、「おめでとう」と言って喜んでくれた。ちなみに省三さんは、全くの無反応だった。


「それで、結婚式に来ていただきたいんです。お父さんと、キャサリンさんや娘さんにも」

「おー、もちろん行くよ。ね、省三?」


 俺も詩織も、固唾を飲んで省三さんの返事を待ったが、省三さんはゆっくりと首を横に振った。


「省三……!?」

「おまえは黙ってろ。シャーラップ!」


 省三さんは、顔を上げるやいなやキャサリンさんを怒鳴りつけ、さすがのキャサリンさんも、一瞬でシュンとしてしまった。


「お父さん、お願いします!」


 俺は省三さんに頭を下げたのだが……


「それだけは勘弁してください」


 逆に省三さんから、頭を下げられてしまった。


「私の脚がこんなだから、一緒に歩くのは嫌なのね?」


 詩織が呟くようにそう言うと、省三さんは、ハッと息を飲んだ。


「恥ずかしいもんね?」

「違う!」


 省三さんが叫んだ。


「恥ずかしいのはおまえじゃない。おれの方だ。あの頃おれは、会社を解雇されてヤケになり、酒に逃げ、母さんやおまえに当たって、終いにはおまえ達を追い出しちまった。養育費も払ってやれず、24年間会う事もせず、今更父親面なんて出来ない。出来るわけがない。そんな事したら、死んだ母さんに申し訳ない」


 省三さんは言うだけ言うと、再び俯いてしまった。


「お父さん、それは少し違うんじゃないですか?」


 そんな省三さんに向かって俺がそう言うと、横の詩織が驚いて俺を見るのがわかった。俺は省三さんが詩織を見た時の様子に、ある違和感を覚えていた。そして、ある事を想像していた。いや、確信していたと言ってもよいと思う。

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