鬼課長の憂鬱
「お父さんは、24年間詩織に会わなかったと言いましたが、それは違いますよね? 時々詩織に、会いに来てくれてたんじゃないですか?」

「え?」


 と言ったのは詩織だ。


「俺達がここへ来た時、詩織は今のあなたと昔のあなたを頭の中で比較して、あなたがお父さんだという事を認識するまで、少しの時間が必要でした。ところがあなたは、一瞬で詩織の事がわかりましたよね? 8歳の詩織と32歳の詩織では、全然違うはずなのに、変だなと俺は思ったんです。そして考えられる事はただひとつ。お父さんは、時々詩織を見ていたのではないか。大人になって行く詩織の姿を、どこかで見ていたのではないか。そう思ったんです。
 12年前の詩織のお母さんの葬儀にも、実はお父さんは行ってたんじゃないですか?」

「お父さん、そうなの?」


 俺と詩織が見つめる中、省三さんはゆっくりと顔を上げた。


「だから何だと言うんですか?」

「お父さん……?」

「大きくなって、女らしくなって行く娘を見ても、父親として名乗れないようなおれは、父親失格に変わりないんだ。娘の晴れ舞台に、おれのような人間のクズが、のこのこ行けるわけないじゃないですか?」


 省三さんは、また下を向いてしまい、詩織は、俺を見て小さく顔を横に振った。“もう諦めましょう?”という事だと思う。しかし俺は、そんな簡単に諦めたくはなかった。こうなったら、もうこれしかないな。


 俺は立ち上がると、省三さんの斜め前の位置に行き、省三さんに向かって畳に膝を着き、次に両手も着き、頭を下げた。つまり、土下座した。

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