鬼課長の憂鬱
「お父さんは知らないと思いますが、詩織の夢はお嫁さんになる事なんです。だから俺は、それを出来うる限り、最高の形で叶えてやりたいんです。俺達、教会で式を挙げるんです。バージンロードを歩く詩織の手を、他の誰かなんかじゃなく、お父さんに引いてほしいんです」

「…………」


 それでも省三さんは無言だった。この人、かなり頑固だなあ。


「琢磨さん、もうやめてください。私は大丈夫だから……」

「いや、やめないよ。お父さんが“うん”と言ってくれるまで、俺はずっとこうしているんだ」

「そんなあ……」


 ずっとと言っても、限界はあるけどな。


「お父さん、お願いします!」


 頭を下げたまま待つこと1分、いや2分か。そろそろ諦めようかと思っていたら……


「速水さん、でしたっけ?」

「はい。速水琢磨と言います」

「速水さん、どうか顔を上げてください。行きますから」

「えっ?」


 顔を上げると、省三さんはうっすらと笑みを浮かべて俺を見ていた。そしてやおら立ち上がると、ソファの横で省三さんも俺に土下座をした。そして、


「娘を、どうかよろしくお願いします」と俺に言い、

「はい、任せてください。詩織は絶対に幸せにしてみせます」


 と俺は答えた。

 パチパチパチと、手を叩く音が聞こえ、見ればキャサリンさんが、泣きながら手を叩いてくれていた。



「あの、お父さん。余計な事かもしれませんが、あなた達も籍を入れてはいかがですか?」

「私もそう思う。もし私に気兼ねしてるなら、私は大丈夫だから……」

「そうだな。そうするかな」



 数ヶ月後のある休日。

 柔らかな春の日差しを浴び、純白のウェディングドレスを纏った詩織は、今までに見たどの花嫁よりも美しいと、俺は思った。

 そして真っ白なバージンロードを、俺に向かってゆっくりと、右脚を引きずりながら歩いて来ており、それを庇うかのように、今日は礼服で見違えるような省三さんが優しく詩織の手を取り、そんな二人を見ていたら、不覚にも俺は涙をポロポロ流してしまった。

 かっこ悪いが、どうせみんな詩織に目が釘付けで、俺の事なんか見てないだろう……と思ったのだが、マスターの横に立つ野田のやつが、ニヤニヤしながら俺を見ていた。

 きっと後で、こう言われるんだろうな。


 “鬼課長3つ目の伝説ね。鬼課長の目にも涙、なんてね”

 と。


(おしまい)


※最後までのお付き合い、誠にありがとうございました。

2015.11.16 秋風月

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