鬼課長の憂鬱
「課長?」


 さあ寿司を食うぞ、と思ったら、高宮が俺に話しかけてきた。


「なんだ。どうした?」

「私、こんなにたくさんは食べられません」

「そうなのか?」


 確かに『1.5』という名前は1.5人前という意味らしいが、俺には足りないぐらいなのに、高宮には多いらしい。こいつは体が小さいし、小食なんだろうな。


「なので、お好きなものをどうぞ?」

「ん? もらっていいのか?」

「はい!」

「そっか。じゃあ、おまえが苦手なものをもらうわ。俺は好き嫌いはないんで。どれが苦手だ?」

「私も好き嫌いはないので、課長がお好きなものを、どうぞ」


 高宮は可愛い笑顔で言った。小食なのに好き嫌いがないって、なんか違和感あるよなあ。

 そうでもないのかな。ま、いいや。じゃあ、何をもらうかなあ。実は貝は嫌いではないがあまり好きでもないし、トロやマグロは定番だからもらっちゃ悪いし、玉子はきっと高宮は好きだろうし……


「エビをもらっていいか?」

「どうぞ」

「サンキュー」


 高宮のからエビを箸で摘まんで貰うと、「もっとどうぞ?」と言われ、更に鯛とタコを貰ってしまった。


 俺は1.5が2.0になった寿司を美味しくいただき、高宮も嬉しそうな顔で寿司を食べていたのだが……

 高宮は、最後の1個の、確か赤貝を口に入れたのだが、どうも様子がおかしい。いつまでも口を膨らませていて、涙目になっている。わさびが効きすぎたのか、それとも……


「高宮。おまえ、無理して食おうとしてないか?」


 高宮は違うと首を横に振ったが、間違いないと思う。辛そうに顔をゆがめ、しまいには一滴の涙が、高宮の澄んだ目から零れ落ちた。


「バカだなあ、出しちまえよ!」


 俺はとっさに高宮の顔の前に手の平を差し出した。そこに吐き出せるように。しかし高宮は首を横に振り、ゴクンと飲み込んでしまった。

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