鬼課長の憂鬱
 と言っても先週の金曜のように、森さんを呼び付けたのではない。来ていただくべく、お呼びしただけだ。正に固定の電話機のため、こっちからそれを持っていけないからだ。

 それを知る由もない森さんは、また俺に何か言われると思ったらしく、血相を変えて急ぎ足でこちらへ向かって来た。蹴つまずいたりしなければ良いが……


「は、速水さん、何か……」

「お呼びたてしてすみません。この電話って、確か自動転送出来ますよね?」

「あー、はいはい、出来ますよ」

「お願いしていいですか?」

「もちろんですとも」


 俺の目的が判り、森さんはホッとした顔をした。


「どちらの内線に転送しますか?」

「えっと、あそこの空席になってる机の電話です。高宮の前、玉田の斜め前、……!?」


 ゲッ。


「小島の隣です。番号は何番だったかなあ」

「それは分かりますから、大丈夫です。今すぐ設定してもよろしいんですか?」

「はい、お願いします」

「では」


 森さんは受話器を上げて軽く耳に当て、電話機のボタンをピッピッピっといくつか押すと、


「はい、出来ました」


 と言った。それこそ、あっという間だった。


「さすがはプロですね」


 俺はちょっと驚き、感心した。転送設定をマニュアルを見ずに出来た事もそうだが、空席の内線番号を森さんは覚えていたらしい事にだ。


「いえいえ」

「試してみましょう」


 近くの電話機から俺の電話の内線番号を押して耳を澄ますと、すぐに高宮の前の席の電話が鳴った。


「オッケーです。お忙しいところを、ありがとうございました」

「とんでもありません。ところで、なぜあそこへ転送するんですか?」

「俺があそこへ座るからですよ」

「へ?」


 森さんはポカンと口を開けたまま固まり、周りの連中からは息を飲む気配がした。

 あれ? そんなに驚くような事だろうか……

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