鬼課長の憂鬱
 瞬く間に金曜となり、俺はいくつかの事で困っていた。あるいは、戸惑っていたと言うべきかもしれない。

 そのひとつは、高宮の習熟が早過ぎる事だ。高宮は、前職までの経験からだと思うが、実に知識の幅が広く、しかもそれぞれのスキルが高い。記憶力は抜群に良く、俺が教えだしてまだ5日目なのに、既にもう俺から教える事は何もなくなってしまった。

 つまり、そろそろ高宮は一人立ちさせなければいけない。担当を持たせ、実務に就かせなければいけないのだ。過去にたった5日でそうなった新人なんか一人もいない。早いやつでも一カ月は掛かったはずだ。玉田などは、2年経った今でも、一人立ち出来ているか怪しいというのにだ。

 上司としては喜ぶべき事なのだが、野田ではないが、俺は高宮を手放したくない。何とか俺と組んで働くような担当はないものかと、密かに目論んでいたりする。


 そんな想いとは矛盾するのだが、俺は高宮の行動に戸惑っている。高宮は、俺にべったりくっ付いているのだ。


 俺と高宮は、教育係とその教え子である新人という関係だから、仕事中にくっ付いているのはうなずける。しかし昼飯の時も、晩飯の時も、絶えず高宮は俺にくっ付き、行動を共にしていた。

 おそらく周りの者は、俺がそうしていると思っているだろう。俺は気にしないが、高宮はそれでいいのだろうか。彼氏はもちろんの事、同性の友達も出来ないが、それでいいのだろうか。もっとも、彼氏なんかは出来なくていいのだが。俺的には。


 仕事を終えて会社を出ても、高宮は当然の如く俺の脇にぴったりくっ付いている。


「課長、寒くなってきましたね?」

「そうだな」

「こうしてもいいですか?」

「ん?」


 俺が返事をする間もなく、高宮は俺のコートの袖を持ち、柔らかな体を俺に寄せて来た。


「暖かいです……」

「おまえさ……」

「はい?」

「何でもない」


 高宮、おまえは本当にこれでいいのか? 俺なんかと……

 もうすぐクリスマかあ。なんて、今まで気にした事もない事を思ってみる俺だった。

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