鬼課長の憂鬱
 地下鉄の中は、俺達みたいに酒臭い息をしたサラリーマンなんかで結構混んでいた。高宮は扉を背に立ち、俺は高宮を周りの酔っ払いどもからガードするような態勢で立っている。


「おまえさ、俺を買い被ってないか?」


 俺は、バーで高宮から告白めいた事を言われてから、ずっと心に思っていた事を口にした。うやむやにした方が俺的には都合がいいのだが、気になって仕方がなかったのだ。


「どういう事ですか?」

「おまえ、俺の事を理想の男みたいに言ったろ?」

「ああ…… 厳密には恵子さんが言ったんですけど、確かに私はそれを認めました」

「そうだっけか。としてもだ、俺にはそれがどうにも腑に落ちないんだ。俺達、会ってからまだ一週間しか経ってないんだぜ? 俺の事、まだよく知らないだろ?」

「そうですね。でも、それをこれから知って行くのが、私はとても楽しみなんです。どんどん教えてくださいね?」


 そう言って高宮は、それはそれは可愛く、しかも嬉しそうに微笑んだ。こっちまで嬉しくなりそうなのだが……


「それはおかしいだろ? 頭がいいおまえが言う事とは思えないな」

「どうしてですか?」


 高宮は、小さな口を少し尖らせ、拗ねたような顔をした。こいつ、こんな顔もするんだ…… 可愛いから、いいけど。


「だからさ、俺の事をまだ知らないんだから、俺が本当におまえの理想の男か判らないだろ? それともおまえの理想って、見かけだけなのか?」

「課長は理想、理想って言いますけど、それは恵子さんが言ったんですよ? 私は言ったじゃないですか。課長……みたいな人に会うために、生きてきたんだって。課長が課長であるだけで、私は満足なんです」

「ますます解らん。答えになってないし、そのために生きてきたなんて、いくらなんでも大げさ過ぎるだろ?」

「いいんです、課長は解らなくて。私の勝手な夢のひとつですから」


 夢の……ひとつ?


「他の夢って何なんだ?」

「内緒です」

「あ、そう」


 やっぱり高宮は変だな。変人だよ。しかもかなり重症だ。可愛いから、いいんだけども。

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