鬼課長の憂鬱
「おにいちゃん、速攻で片すから、テーブルでコーヒーを飲もうって言ったよね?」

「あ、ああ」


 そうか、あれかあ。詩織のやつ、本当に鋭いな。


「テーブルなら私が椅子に座れるからでしょ?」

「はい、その通りです」

「これ、お行儀は悪いけど、私は慣れてるの。普通の人みたいに、すんなり立ったり座ったりは出来ないけど」


 そう言って詩織は、伸ばしている自分の右脚を指さした。


「あ、そうなんだあ」

「昨夜のタクシーも……」


 ギクッ


「夜の10時を過ぎたらタクシーに乗る主義とか言ったけど、あれは嘘でしょ?」

「い、いや、嘘じゃ……」

「ううん、嘘だよね? あれぐらいの距離、おにいちゃんなら歩くはずだもん。私と歩く時は私に合わせてくれるけど、本当はおにいちゃって歩くのが速いって事、私知ってるもん。バスだって使ってないんでしょ?」

「たまには使うよ。……しまった」

「やっぱりね。他にも、例えば階段があると必ずエレベータかエスカレーターを探してくれるし、女子トイレの前で待っててくれたり、嬉しいんだけど、辛くなる時があるの。自分が身障者だって、思い知らされてるみたいな……」

「ごめん。おまえの気持ちに気付かなくて。でも……」

「あ、そうだ。あと、これだけはお願いしたいの」

「まだあるのかよ?」


 詩織が言いたい事は十分解ったと思う。要するに、脚の事で詩織を過保護にするなって事だよな。それがかえって詩織には辛い事もあると。それは解るんだが、俺にも言い分があるんだよなあ。

 その前に、“これだけは”というお願いは聞くけれども。

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