鬼課長の憂鬱
琢磨の葛藤
 詩織との関係が公けになっても俺は構わないのだが、詩織は頑として聞かなかった。つまり、俺達の関係を会社の人間には隠すべきだと。俺の立場が悪くなるからと。

 そう言えば詩織は、俺に迷惑をかけるのだけは絶対に避けたいと、前に言っていたのを思い出す。

 俺は不本意ながらも、詩織の願いを聞き入れた。これが結婚を前提とした同棲だったなら、人に隠す必要なんてないと思うのだが……


 という事で、朝の出社時と夜の退社時は少し時間差を置くようにし、帰りは駅で待ち合わせる事にした。

 日中も、詩織は俺と距離を置くようになり、要するに、同棲する前より俺達はよそよそしくなってしまったのだ。とても残念な事に。


 俺はまだ、詩織の前の空席に座っている。実は詩織への教育は終わっており、本当は元の課長席に戻っても何ら支障はないのだが、それは詩織本人を含め、周囲には内緒にしている。なぜかと言えば、もちろん詩織と離れがたいからだ。ちなみに公私混同という言葉は、俺の辞書にはない。


 周囲の連中は、俺がこの席に移った当初は緊張していたらしく、口数が少なく静かだったが、最近では慣れてきたらしく、俺が怒鳴らなくなった事もあると思うが、俺がいても普通に私語などを言うようになった。そして困った事に、俺と詩織が距離を置くようになった事も影響していると思うが、俺の前でも平気で詩織に話し掛けるようになったのだ。

 特に……


「高宮さんって、彼氏とかいるんですか?」

 玉田のやつとか……

「いないです」

「じゃあ、僕、立候補なんかしちゃおうかなあ」

「ごめんなさい。私、そういう事に興味ないから……」

「そうですか……」


 当たり前だろ。バーカ。詩織は俺のもんだ。


「高宮ってさ、小学校はどこ?」


 あとは小島だ。

 何が小学校だ……って、なんだと!?

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