【完】『ふりさけみれば』

その日。

一慶とみなみは、前からみなみが行きたがっていた嵐山に出掛けた。

昨日までの雨は止んで、

「雨上がりやから塵がなくてきれいやな」

と一慶は上機嫌そうである。

人力車で大覚寺のあたりを散策したり、渡月橋の出店で甘味を二人で食べたり、そのあたりは普通のデートと変わらない。

二人はデートのときには、いつでもどこでも手を繋いでいる。

背の高いみなみと、男にしては小柄な一慶のユニットは少し不思議なものがあったが、

「まぁ世の中にはこうした組み合わせもあるってことやね」

一慶は意にも介さず、またみなみも最初こそ気にしていたが、慣れてくると身長の差は感じなくなっていった。

何より。

やはり一慶は作家だけに博識であり、案内の看板でみなみが読み方に苦戦していると、

「これは直指庵(じきしあん)やね」

などとパッと返ってくる。

恥をかくのが嫌いな一慶は、恥をかかせるのも嫌いな性分であったらしく、

「これで間違いはないと思うねんけどなぁ」

と、やんわりした物言いで訂正をする。

こういうところが。

一慶らしい気配りのひとつであり、また廉恥を重要視する気性のあらわれでもあった。



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