【完】『ふりさけみれば』
騒動の間に、大原では早くも赤いとんぼが真っ青な空と雲を背景に、稲田の上を滑り始めていた。
「早いなぁ」
真っ赤なドラッグスターで久しぶりのツーリングを楽しんでみる。
一慶が路肩に停めると、空はどこまでも高い。
少し行けば彩のカフェで、
「…たまには寄ってみるか」
原稿を仕上げて渡した帰り、そんな軽い気持ちで寄り道をしてみたのである。
目印の杏の樹の下に停めると、
「…カズ」
顔を上げたのは、みなみであった。
「みなみ、久しぶり」
「うん」
「ちょっと話があんねんけど、えぇかな?」
「…うん」
杏の木陰のベンチに二人は腰をかけた。
二人は黙っていたが、
「あのなみなみ、…きっと、しんどかったんやろ」
とだけいうと、みなみの中で何かがプッツリと切れたのか、みなみの大きな瞳から、涙がぽろぽろとこぼれてきた。
「みなみは今どう思っとんのか分からんけど、うちは過去はあんまり気にならんかった」
一慶はみなみの頭を、ぽんぽんと撫でた。
みなみは。
蝉の声に混ざるように、しばらく泣いたままであった。