【完】『ふりさけみれば』
そうしたある朝。
小さな荷物をリュックに詰め、一慶が愛車のドラッグスターで、どこへともなく出掛けたのであるが、
「どこ行ったんだろ」
と、誰も行先は分からないのである。
このあたりとなるとみなみも心配していたようで、
「カズ、どうしちゃったんだろ」
と梨沙や恵里菜に胸の内を明かすことはあったが、東京で仕事が詰まっていたのと、一慶の行方が分からないだけに、手だての打ちようがなかった。
そのうち。
半月ばかり過ぎた夜、
「京都にカズさんが帰って来た」
というので、次の日が休みであったのを利用して、その日に窓口で入手できた夜行バスの切符を買い、東京駅を出た。
あまりバスの中では寝付けないで、ウトウトしたまま微睡んでいたが、夜が明けて看板に「京都」という文字が見えてくると、
「逢ったら何ていえばいいのかな」
と、不安と期待と、心配とかすかな怒りの綯い混ざったような小さな声で独り言を漏らした。