【完】『ふりさけみれば』

あのな、と一慶は目線をシンクの食器に落としたまま、

「うちな、今からだいぶ前の話やけど、当時の彼女が似たような目に遭ったことがあんねん」

「えっ…」

「それでな、うちがもっと細かいとこまで気づけてたら、あぁならんかったんかなって」

「…そうなんだ」

としか、みなみにはいえなかった。

「せやから、みなみの親と電話で話したときにそれを聞いて、あの日みなみと寝たんが、ホンマはみなみにとっては苦痛やったんかなって」

どうやら。

それで考えているうち、居たたまれなくなって、行方をくらましたらしい。

「みなみ…堪忍やで」

手が止まった。

「堪忍やで、…堪忍やで…堪忍やで」

呟きながら、一慶の肩が震えている。

うつむいた横顔から、おそらく涙であろうしずくが、ぽたっ、ぽたっと落ちて行く。

みなみは。

申し訳なさそうに、一慶の背後に回って後ろから腕を回し、一慶を抱き締めた。

「…もう謝らないで、私は大丈夫だから」

一慶が鼻をすする音がした。



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