【完】『ふりさけみれば』
みなみは抱き締めたまま、
「カズが物識りな人なのは分かってたよ」
でもね、とみなみは、
「カズはいろいろ見ていろいろ聞いて、でもいろいろ知ってるから、誰にも見えないものが見えて、誰にも分からないものが分かって…だから辛い思いをしたのかなって」
みなみの目が潤んでいる。
「こっちこそ、辛い思いなんかさせてごめんね」
「…大丈夫や、うちは大事あらへん」
みなみの手を握り返した。
「大丈夫だよ、私は。もう大丈夫だから」
「…ほんならえぇけど」
一慶は落ち着いてきたのか、息を深く吐いた。
「みなみ、やっぱりうち移るわ東京に」
「…えっ?」
「みなみひとり東京に置いとく訳に行かんけど、せやかて仕事もあるやろし」
「それならカズだって、拠点は京都じゃん」
「それこそうちなら大丈夫や。上ヶ原からやと二十二年も関西おったから、もうえぇかなって」
みなみは戸惑った顔をした。
「でも、カズが広島に帰省するとき大変だよ」
「広島は…もう帰らへんし。あの町にうちの居場所はあれへん」
平素の穏やかな、それでいて少し悲しげな声で一慶は答えた。