【完】『ふりさけみれば』
そうなると。
一慶ほど動きの早い男も少なかった。
まるで、
「背中に翼が生えたみたいやな」
と力にいわれるほど、その行動力はえらく積極的になった。
まずあれほど大切に育てていた玄関先のシンビジウムを植物園に寄付し、蔵書は電子版に変えて古本屋に売り、洋服も気に入っていた十枚ほどを残し、すべて古着屋に売り払った。
「さながらブローカーやな」
と力が唖然となるぐらい、売れるものはすべて売って引っ越しの資金に充てた。
ただ。
一慶が売らなかったものがあった。
「これは替えが利かんのや」
といって大正時代の古書が一冊と、高校の部活で着ていたユニホームは、手放さなかった。
こだわりというほどでもなかったのかも知れないが、
「こんなん、誰も買わんやろ」
といいながら、内心はどこかで望郷の念が無意識に、残っていたのかも分からない。