【完】『ふりさけみれば』
旅立ちの日が来た。
それまで数日雨が続いていたのが、明け方になって晴れた。
「いよいよやな」
荷物は、前日送った。
あとは。
本人が行くだけである。
もちろん。
足は真っ赤なドラッグスターである。
すでに部屋を明け渡してあったから、泊まったのは河原町御池のビジネスホテルであった。
いつものように。
シルバーのヘルメットをかぶり、スエードの手袋をし、キャメルのブーツを履き、真っ赤なアウターに迷彩柄のリュックを背負い、エンジンをかけるとスロットルを回した。
河原町通から三条大橋を渡り、蹴上の細い道を少し登って行く。
前に夜景が見たいとせがんだみなみを、将軍塚に連れていったときのことを、信号待ちでふと思い出した。
今度は。
きっと夜景も将軍塚ではなく、見たことのないそれになるのであろう。
山科を抜けて府境を抜け、しばらく走ると琵琶湖が見えた。
瀬田川を渡ってすぐの駐車場に停めると、しばらく一慶は琵琶湖の光景を眺めていた。
しばらくは見ることもないであろう琵琶湖を眺めていたが、少し経って、
「…さてと行くか」
そう呟くと再び、次は鈴鹿峠を目指し、ドラッグスターを走らせるのであった。