【完】『ふりさけみれば』
兵藤家に迎えられた一慶であったが、親が離婚し継母が来てからは、馴染めなかったのもあってか、家にも居づらくなり、
「自分のことは自分でするしかない」
と、朝刊の配達を皮切りに通学しながら様々なアルバイトをしたらしい。
「いちばんおもろかったんは死体役のエキストラのアルバイトで、横たわるだけでいい金になった」
と、実に多岐に渡る経歴が出てきた。
だが。
端から広島に残る気はなかったようで、
「田舎の町工場は継がん」
と、それでアルバイトで学費を賄って上ヶ原を出た…というのが、ことの真相のようである。
それから。
広島には一慶は一度も帰っておらず、この宮島行きが実に約四半世紀ぶりの帰郷、ということになった。
「昔から何か気持ちがささくれると、ようここに来てぼんやり海眺めとって」
暑い日に詰襟を脱いで座っていると、修学旅行に間違われることもあったりしたらしい。
「せやからうちにはここに居場所があれへん」
隣で座っていたみなみは、聞いていてなぜか鼻の奥がつんとなった。