【完】『ふりさけみれば』
そのようにして。
みなみと一慶は横須賀まで戻って来た。
休日明け。
東京のアナウンス部では、
「みなみ先輩、フリーになるんじゃないですか?」
と後輩の河原崎美珈に訊かれる始末で、さすがにフリーになることを考え始めていたらしかった。
河原崎美珈はこのところ、
──みんなの美珈ちゃん。
というキャッチコピーで、かなりのブリっ子なキャラクターを作って売り出してヒットを飛ばしていた。
しかし。
みなみは現場で様々な人たちと会話をしてゆくうち、周囲がテレビという狭い世界だけに囚われているようで、
「たぶん私ね、伸び伸びしてるほうが好きなんだと思う」
少しずつ思考が変遷して来ているのも、恵里菜や梨沙には見て取れた。
帰ると。
一慶が編集者の吉岡はるかを前に、ロフトにある机で推敲を重ねている。
「あ、ご無沙汰してます」
吉岡はいった。
この居場所は、吉岡と彩と力だけが知っている。
「なんだか大変そうですねぇ」
「そうなんです」
ロフトの梯子を降りると、吉岡はみなみの耳元へ、
「今回みたい締め切りギリギリなの、実は初めてなんです」
とささやいた。
「珍しいんですか?」
「先生は締め切り前に必ず仕上げていて、原稿が遅れたことってないんです」
どうも。
かなり珍しいようであった。