【完】『ふりさけみれば』
早朝。
みなみと一慶は、みなみが使っているVRXロードスターに、タンデムで跨がって出発した。
まだ新聞の配達やトラックぐらいしか走っておらず、まるで昼間の喧騒が嘘のような静けさである。
汀橋(なぎさばし)から自衛隊の基地を右手に、田浦で山側へ折れる。
トンネルを抜けて登り切り逗子に入ると、しばらくは横須賀線を右手に見ながら並走する。
ほどなく鉄路は離れた。
人影の少ない逗子の駅前から、再び線路に沿うてカーブを切る。
やがて。
名越のトンネルが見えてくる。
切通の隧道を抜けて大町の四つ角を左に曲がって、道なりに下がると、やがて材木座の海が道の先に見えてきた。
「やっぱり海はえぇなぁ」
柵の手前に、ロードスターを停めた。
浜を歩くと鉄を含んだ黒っぽい砂が、季節外れの強い陽射しに照らされて、みなみは少しだけ靴の裏側が熱かった。
「何年ぶり?」
「二十年ぐらいなるんちゃうかな」
周りの家並みは変わっていたようであったが、和賀江島に打ち寄せる波も、沖の江ノ島も、その先にある霞んだ富士の稜線も、往時のままである。