【完】『ふりさけみれば』

ぼんやりした顔でみなみは、

「あの震災の頃って私まだ小さかったから、朧気なんだよね」

「そっかぁ」

間違いでなければみなみが幼稚園ぐらいの頃になる。

「さすがに学校に上がる前じゃ分からんわな」

一慶は苦笑いをした。

「どんなこと考えてたの?」

「たまたま生き残ったって感じやったかな」

「たまたま?」

「あんまり聞かれたくない話やが、前の日が飲み会で二日酔いで、あの時間トイレから出た途端」

そういうと槍で衝くようなそぶりをし、

「…下から揺れてきよった」

新人のアナウンサーになってすぐ東日本の大震災であったが、みなみは研修で被災地には行っていない。

それだけに。

一慶の体験談は生々しかった。

「あちこち倒壊しとったし、道は塞がれて帰るに帰られんしで」

あのときほどえらい目に遭わされたこともない、と一慶はまた苦笑いをした。

どうも。

(カズの癖かも)

本当にしんどいとき一慶は、苦笑いをして遣り過ごす癖があるらしい。



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