【完】『ふりさけみれば』
旅に出たみなみと一慶が広島に着いたのは、夕焼けの空がまだ高い時刻である。
この日は旧暦六月十七日、すなわち厳島神社の管絃祭の日である。
梅雨の時期には珍しく晴れ間が出て、宮島口を目指す鈍行の電車は、白から黄色、橙色、茜色、朱色、緋縅(ひおどし)色からやがて紫を帯び闇へと変ずる、七色の空のまだ明るい光の中を、西へ西へレールを軋ませつつ、己斐(こい)のあたりを走っていた。
車内は祭を見物に行く浴衣姿のカップルや親子連れ、あるいは帰宅のサラリーマン、夏の白い制服に衣替えした女子高校生といった、暮らしが如実に匂う光景である。
その中で。
みなみはふわりとしたグレーのガウチョパンツにビジューのついたロイヤルブルーの半袖のトップス、靴はシルバーのパンプスという、一人だけそのまま表参道から来たような姿で乗っていた。
「忘れ物は大丈夫?」
「うちは大丈夫」
答えた一慶はというと。
浅葱の地に宇治川と幟、さらに鎧姿の佐々木梶原の先陣争いの図が描かれた和柄のアロハシャツに、身頃を垂らしたグレーのサロペットを穿き、米軍の払い下げらしきキャメルのハーフのブーツを履いている。
どちらにせよ。
車中では目立っていたようで、二人の周りだけ少し人が間を空けていた。