【完】『ふりさけみれば』

タクシーを横付けし、会計を済ませ、みなみは事務所が入ったビルのエレベーターに乗ると、4階のフロアまでたどり着いた。

ノックをしたが、反応はない。

番号に間違いはない。

ドアを開けた。

そこには一慶が、奥の長椅子でのんきに本を頭にかぶりながら、静かに寝息を立てて昼寝をしていたのである。

みなみは脇の椅子に腰掛け、一慶が目覚めるのを待った。

やがて。

しばらく──わずか数分であろうが──して、一慶が眠りから目覚めた。

「…橘くん」

「先生…」

みなみは何かプッツリ切れたのか、堰を切ったように涙をこぼしている。

「そんな泣かんでも…大丈夫やって」

いつもの一慶である。

「見ての通りピンピン生きとるがな」

一慶は苦笑するより他なかったらしかった。




< 33 / 323 >

この作品をシェア

pagetop