【完】『ふりさけみれば』

一慶からの返事をみなみが開封したのは自宅に帰ってからである。

中は。

書き慣れたらしい原稿用紙に、真っ青なインクで書かれた、一慶の直筆の手紙があった。

内容は次のようなものである。

「わざわざ傘を送ってもらって、しかもメッセージまで添えてもらって、大変にありがたかった。ついては返礼かたがた、ときどき通う蛸薬師高倉の美味しい店を案内しようと思うので、日取りを知らせてもらいたい」

みなみは少し戸惑った。

頭抜けた美女ではないが、ときおりお笑いの芸人あたりから、収録の終わりに食事の誘いはある。

(ナンパみたいなものなのかなぁ)

しかし。

明らかに違うのは、東京の店ではなく京都の行き付けであることと、さらには蛸薬師高倉、という具体的な場所が出てきたことであった。

ちなみに。

京都の場合、行く先を示す折には町名より通り名で書かれることが多くあって、これも蛸薬師通と高倉通の交差する近く、といった意味がある。



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