【完】『ふりさけみれば』
力の常連に、住之江でスクリューの町工場をやっていたというヘラ絞りの職人があって、
「あぁ、兵藤造船なら知っとるで」
というと、
「うちの取り引き先ではないけどな」
と続けた。
何でも。
広島の江波山の電停から海の側へ少し歩いた、河口に近い工場が並ぶ一角に兵藤造船はあって、
「門の脇に大きな桜の樹があって、ハイヤーなんかはみんな目印にしとった」
といい、会社そのものも一慶の父親で四代目になるのだ、という。
ところが。
会社は姉の婿が嗣いで、一慶は居場所がなくなったのか、
「好きなようにさしてもらう」
というや、進路を工業大学から転換し、上ヶ原の大学に入ったらしかった。