奏で桜
僕が〝はい〟と言い、頷くと
彼女は僕の側に寄ってきた。
そして黙って、自然と
小さな抱擁を交わすような
形になり、僕の首筋に
そっと唇をつけると、
一度唇を離して、今度は牙を
立てながら、また唇をつけ、
噛み付いた。



チュウーっと彼女に生命を
吸い取られる音だけが
妙にリアルに聞こえた。


それは不思議な気分だった。
別段痛くもなければ、
苦しみもしない。
辛くもなければ、
嫌な感じもしない。
…ただ、ある意味で
心地が良かったのかもしれない。


もちろん、マゾヒズムがあるとか、
そういった感じではない。

ただただ心地が良かったのだ。
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