イケメン御曹司に独占されてます
「池永さんっ……逃げましょうっ」


後ろからスーツの上着を引っ張ると、池永さんは振り返ることなく片手で私を後方へ押しやった。


「酔っぱらいを連れて、ふたりの追っ手を巻くなんて絶対無理だ。……お前は下がってろ」


一触即発の危うい空気を楽しむ気配すら漂わせて薄ら笑いを浮かべるふたりを前に、池永さんが拳法の構えのようなポーズをとった。


え? これって……?


次の瞬間、素早い動きで池永さんに掴みかかってきた怖い人を一瞬で避けると、シュッと音を立てた長い足が回し蹴りで空を切る。
極悪ふたり組の顔色が変わった。


「こいつ……。極真か」


「そういうお前も経験者だな。……かなりの亜流、喧嘩で鍛えた自己流か」


「こ、こいつ……。見たことあると思ったけどもしかして……〝秀明〟か!?」


悪者のひとりがはっと思い出したように慌てた顔をした。


「昔関東大会で一緒になったことがある。前人未到の六連覇を成し遂げた伝説の選手……。でもお前、その髪の色……」


その言葉を遮るように、池永さんの回し蹴りが男の前髪をかすめた。身動きひとつできない男たちがみるみる青くなる。


「今のは警告だ。今度は外さない」


極悪ふたり組が慌てたように顔を見合わせた時、大通りから声が聞こえた。


「おまわりさん、こっちです!! 早く喧嘩を止めて!!」


深夜の商店街に、複数の足音が響いている。その声に反応して、覚えてろ、とお決まりの捨て台詞を残した悪者たちは、瞬く間に狭い路地に消えた。
呆然とする私の手を、池永さんが慌てたように引き寄せる。


「俺たちも逃げるぞ。……こっちだ!」


しっかり繋がれた手を引かれて、私たちも入り組んだ路地に駆け込んだ。



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