イケメン御曹司に独占されてます
「そんな不安そうな顔するな」


そう言って頬を包まれて——体をかがめて顔を傾けると、そっと唇に触れる。触れるだけの、優しいキス。
目を閉じて受け入れる私の胸は喜びで震えているけれど、次の瞬間、同じだけの不安が押し寄せてくる。


おやすみ、と言って額に唇を押し当てると、私が扉の中に消えるまで見送ってくれる。
扉が閉じると、立ち去っていく靴音。
その気配が感じられなくなるまで、私は扉の前を動けない。


池永さんが好きだ。
けれど、それが叶わない恋だということも、私にはちゃんと分かっていた。


池永さんはああ見えて一流企業の御曹司。
庶民の私とはどうやったって釣り合わない。
世の中には玉の輿なんてものもあるにはあるが、そんなものに乗る人は、七海子クラスの美女だと相場が決まっている。


こんななんの取り柄もない私が池永さんにかまってもらえるのも、ひとえに〝アシスタント〟という立場だからにほかならない。

それにきっと、あのやっかいなトラウマで触れ合っているうち、池永さんにも何が何だか分からないままこんなことになってしまったのだろう。
そうで無ければ、私なんかに惑わされるはずは無いのだ。
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