イケメン御曹司に独占されてます
緊迫した空気が途端に立ち込めて、皆の視線が一斉にフロアの入口に向いている。視界に入ったその頼りなげな人影に息を飲んだ。


そこには、加奈子さんがいた。
加奈子さんらしい清楚なスカートの裾が乱れて、夢中で駆け込んできたことが伺える。
取り乱した様子の加奈子さんは、激しく嗚咽していた。
いつも穏やかで落ち着いた、優しい微笑みを湛えている加奈子さんの、そんな姿が衝撃的で、痛々しくて——しばらく呆然としていたけれど、はっと我に返った。


大変、早くどこか人目につかない場所に——。


立ち上がって駆け寄ろうとした時、私の横を人影がすり抜けていくのに気づき、足が張り付いたように止まる。

加奈子さんに駆け寄る、見慣れた背の高い後ろ姿。あっという間にそばまで駆け寄ると、両方の肩を掴んで引き寄せ、腕の中に抱く。


振り返るとそこにあったはずの椅子は、立ち上がった時に跳ね除けられたのか、少し離れた場所であさっての方向を向いている。


少し離れた場所で、無理やり体を包み込もうとする池永さんに加奈子さんが必死で何かを訴えている。池永さんが何度も頷いて背中をさすると、やがてその胸に、倒れこむように泣き崩れた。


静まり返ったフロア。
はっとして振り返ると、二つ向こうの島では拓哉さんがそんな様子を微動だにせず見つめている。
冷たく、感情の感じられないその顔に、不安とも痛みともつかない感情が浮かび上がっている。

やがて、ようやく大人しくなった加奈子さんの肩を抱いて、池永さんがフロアから出ていく。

まるで鋭利な刃物で一突きにされたかのような痛みを感じながら、私はしばらく立ち尽くすことしかできなかった。





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