私の小さな願い事
慶応 元年 夏

失望

出産とは……


とても大変なものだ

痛いとか知らなかった

死ぬかと思った……


だけど、生まれたばかりなのに

元気いっぱいに泣く赤子


小さな体のどこに、そんな力があるのか



可愛い



会いたかったよ









男の子だった

慶喜様が、来てくれると思った


だけど








「お子は、江戸の正室が育てます故…」



多津がお子を連れて行った


わけがわからなくて、追いかけた

産後すぐの体は、思うように動かず


追いつけなかった……


廊下で動けなくなっていると

慶喜様の側近が、たまたま通りがかり

「依里様…いかがされました?」

この男は、依里と藤原孝頼が同一人物と
知っている


ポロポロと涙が流れる


「慶喜様を呼ぼう」


お子をとられたなんて、言えるはずない


首を横に振り、男の手を振り払い
這って部屋に入る



ガクガクと全身が音をたてて震える

















~徳川慶喜~



「大変です!! 
依里様が廊下で泣いておられました!!」



知らせを聞き、すぐに部屋へ

いつも部屋の前に番をしている女中は

おらず、依里の返事を待たず

襖を開けた


泣きながら、震える依里の様子と

部屋の有様から

嫌な予感しかしない


「医者を呼べ!」

「はっはい!!」


依里に近づこうとするが

震えながら、逃げる


「依里?……俺だ、慶喜だ」


呼吸が出来なくなるほど、震える

無理矢理に依里を抱きしめる

「依里…大丈夫だ!!」


到着した医者が、すぐに横にするように言う

どうやら、産後間もないとのこと


「お子は、どちらに?」


医者の問いに


「……た……つが……ぇ……ど……」

「多津が江戸に連れて行ったのか?」

「何と!!首も座らぬ子を……
江戸までもつまい……」


医者の言葉に大きく目を開いた後

依里は、失神した


妊婦は、ふくよかになるはずなのに

依里は、こんなにも細い


前よりずっと……


なぜ、依里をひとりにしてしまったのかと

今、後悔しても遅い






俺と依里の子を取り返す


「多津を追え!!」


しかし、多津を探して三日

見つからなかった


依里は、抜け殻のようになった






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