君と、美味しい毎日を
00.カレーライス
「久我原先輩っ。 今日の懇親会、恵比寿のル・プワゾンですって。
私、一度行ってみたかったんですよね〜楽しみ!!」
一つ歳下の宮谷奈々が甘ったるい声で嬉しそうに話しかけてきた。
手入れの行き届いた長い髪をハーフアップにして爪と唇は柔らかいピンク色に染められている。
このところ、仕事は立て込んでいて寝る間もないだろうにレモンイエローのブラウスにはシワひとつない。
いかにも広告代理店勤務らしい華やかな美しさを持つ後輩。
頭も良くて、仕事も早い。
ただ一点・・・
うちの会社は役職者であってもさん付けで呼ぶくらい上下関係にはうるさくない。
にも関わらず、彼女が俺を先輩と呼ぶのは自分の可愛らしさをアピールしているだけに思えて、少しうんざりする。
そんな風な見方しかできない自分の性格にも大いに問題があることは、もちろん自覚してる。
「あぁ、あの最近流行ってるカジュアルフレンチのお店?
幹事誰だっけ?センスいいね」
「今日は小林さんです。 さすがお洒落ですよね〜。 久我原先輩、もちろん二次会も参加されますよね?」
「ん〜、終電まではね」
前回の飲み会はイタリアン、その前はスペインバル、その前は奇抜なだけで美味くもない創作和食・・・
和食は創作せずに普通に作った方が美味いだろ、絶対・・・
広告代理店という業界柄か、現在のチームが女性ばかりだからなのか、最近の食事は小洒落た洋食続きだ。
あーぁ、普通の飯が食いたい。
「だからってねー、こんな時間に急に人の家に来てカレー作れってどういう事よ・・」
時刻は午後11時。
俺と彼女の前にはホカホカと湯気をたてる暖かいご飯と市販のルーで作った何のこだわりもないチキンカレーが置かれている。
「それに、私より料理上手なんだから自分で作って食べればいいのに」
彼女は文句を言いつつも、二人分のスプーンを並べてくれる。
「家庭料理を一人で食べんのって虚しいじゃん。 それに、俺にとって家のカレーは瑶の味なんだよ」
「・・・私カレーしか作れなかったから、私が作る日はいつもカレーだったもんね」
幼い頃、二人で囲んだ食卓を思い出す。
瑶の作るやたらでかい人参のはいったチキンカレー、俺が作る肉じゃが、野菜炒め、炒飯。
楽しい思い出かと問われれば、微妙と言わざるを得ない。
あの頃はお互いに何を話していいのかわからなくて、気まずい空気のままそそくさと食事を済ませていた。
それでも一人よりはいくらか幸せだったのだろう。俺も瑶も。
俺たちは無言でカレーを口に運ぶ。
あの頃と違って、人参もじゃがいもも食べやすい大きさに揃えられている。
けど、やっぱり懐かしい味だ。
「はー、美味いな」
「うん、美味しいね」
俺はもちろん、こんな時間に胃がもたれそうとか言ってた瑶も結局は一人前を平らげた。
「まぁ、昴の気持ちもちょっとわかる。
私がいつも一緒にランチする先輩もさ、一週間のうち4日はパスタだよ」
悪戯っぽく瑶は笑った。
「日本人の女の子はイタリア人よりパスタ食べてるんじゃないかって思うよね。
そういう私も食べやすいからついつい選んじゃうんだけどね」
「さて、洗いものしちゃおうかな。昴も手伝ってーー」
そう言って立ち上がりかけた瑶の手をとって、俺は言った。
「なぁ、瑶。
ーーーもういちど、俺と家族にならない?」
「は?」
驚きで見開かれた瑶の目を見つめて、ゆっくりと確かめるように言葉を重ねる。
「もういちど、久我原 瑶になってよ。
そんでさ、今度は出来れば死ぬまでその名前でいてよ」
私、一度行ってみたかったんですよね〜楽しみ!!」
一つ歳下の宮谷奈々が甘ったるい声で嬉しそうに話しかけてきた。
手入れの行き届いた長い髪をハーフアップにして爪と唇は柔らかいピンク色に染められている。
このところ、仕事は立て込んでいて寝る間もないだろうにレモンイエローのブラウスにはシワひとつない。
いかにも広告代理店勤務らしい華やかな美しさを持つ後輩。
頭も良くて、仕事も早い。
ただ一点・・・
うちの会社は役職者であってもさん付けで呼ぶくらい上下関係にはうるさくない。
にも関わらず、彼女が俺を先輩と呼ぶのは自分の可愛らしさをアピールしているだけに思えて、少しうんざりする。
そんな風な見方しかできない自分の性格にも大いに問題があることは、もちろん自覚してる。
「あぁ、あの最近流行ってるカジュアルフレンチのお店?
幹事誰だっけ?センスいいね」
「今日は小林さんです。 さすがお洒落ですよね〜。 久我原先輩、もちろん二次会も参加されますよね?」
「ん〜、終電まではね」
前回の飲み会はイタリアン、その前はスペインバル、その前は奇抜なだけで美味くもない創作和食・・・
和食は創作せずに普通に作った方が美味いだろ、絶対・・・
広告代理店という業界柄か、現在のチームが女性ばかりだからなのか、最近の食事は小洒落た洋食続きだ。
あーぁ、普通の飯が食いたい。
「だからってねー、こんな時間に急に人の家に来てカレー作れってどういう事よ・・」
時刻は午後11時。
俺と彼女の前にはホカホカと湯気をたてる暖かいご飯と市販のルーで作った何のこだわりもないチキンカレーが置かれている。
「それに、私より料理上手なんだから自分で作って食べればいいのに」
彼女は文句を言いつつも、二人分のスプーンを並べてくれる。
「家庭料理を一人で食べんのって虚しいじゃん。 それに、俺にとって家のカレーは瑶の味なんだよ」
「・・・私カレーしか作れなかったから、私が作る日はいつもカレーだったもんね」
幼い頃、二人で囲んだ食卓を思い出す。
瑶の作るやたらでかい人参のはいったチキンカレー、俺が作る肉じゃが、野菜炒め、炒飯。
楽しい思い出かと問われれば、微妙と言わざるを得ない。
あの頃はお互いに何を話していいのかわからなくて、気まずい空気のままそそくさと食事を済ませていた。
それでも一人よりはいくらか幸せだったのだろう。俺も瑶も。
俺たちは無言でカレーを口に運ぶ。
あの頃と違って、人参もじゃがいもも食べやすい大きさに揃えられている。
けど、やっぱり懐かしい味だ。
「はー、美味いな」
「うん、美味しいね」
俺はもちろん、こんな時間に胃がもたれそうとか言ってた瑶も結局は一人前を平らげた。
「まぁ、昴の気持ちもちょっとわかる。
私がいつも一緒にランチする先輩もさ、一週間のうち4日はパスタだよ」
悪戯っぽく瑶は笑った。
「日本人の女の子はイタリア人よりパスタ食べてるんじゃないかって思うよね。
そういう私も食べやすいからついつい選んじゃうんだけどね」
「さて、洗いものしちゃおうかな。昴も手伝ってーー」
そう言って立ち上がりかけた瑶の手をとって、俺は言った。
「なぁ、瑶。
ーーーもういちど、俺と家族にならない?」
「は?」
驚きで見開かれた瑶の目を見つめて、ゆっくりと確かめるように言葉を重ねる。
「もういちど、久我原 瑶になってよ。
そんでさ、今度は出来れば死ぬまでその名前でいてよ」
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