君と、美味しい毎日を
その食事会から半年後、私の名前は久我原 瑶に変わった。
お母さんと私はこれまで住んでいたマンションを売って、久我原父子が住んでいた一軒家に引っ越した。

ちょうど6年生にあがるタイミングに合わせての引っ越しだったため、新しい学校にはすんなり馴染めた。

広くて綺麗なお家も、かっこいいお父さんも、前より家にいる時間が増えたお母さんも全てが嬉しかった。

にも関わらず、私はそれを上手く表現できなかった。
お父さんと呼んで許されるのかわからなくて、まだ一度も呼べていない。
4人で食卓を囲んでも、聞かれたことに答えるだけ。

私とは対照的に昴は新しい家庭に自然に馴染んでいた。
私のお母さんをお母さんと呼び、私のことは妹だからと名前で呼び捨てにした。

明るく、いつもニコニコしていて、昴とおじさん、お母さんの3人は本物の親子のようだった。

私だけ他所の子みたいだな・・。
自分の不器用さが悲しかった。




その日は朝から天気が荒れていた。
長靴にカッパを着て登校したけど、夕方からの台風上陸を恐れてお昼過ぎに帰宅の指示が出た。

私は家が近くの友達とびしょびしょになりながら帰宅した。

リビングに灯りがついていたから、昴が先に帰っていることはわかった。
おじさんとお母さんは多分仕事。

「あ・・・ただいま」

リビングの扉を開けると、バスタオルを頭からかけた昴と目があった。
昴の名前もどうしても呼べなくて、必要な時は『あの・・』とか『ねぇ・・』とか呼びかけていた。

「おかえり、瑶。 風邪ひいちゃうから早く着替えた方がいいよ」

昴はいつも通り、優しく言った。

「うん・・・」

私は着替えを済ませ、自分の部屋に戻ろうとしたけどお腹が空いていることに気づいてリビングに戻る。

冷凍食品とかあったかな・・・

同じことを思ったのか先に昴が冷蔵庫を物色していた。

「お腹へったよね。瑶もなんか食べる?」

私は黙ったまま、うなづく。

急な帰宅だったこともあり冷蔵庫には何もなく、私達はお湯を沸かしてカップラーメンを作った。

テレビを観て笑っていた昴がふと、こっちを向いた。

「あのさぁ、瑶。
新しい家族なんて言われても嫌なのはよくわかるけど、もうちょっと普通にできないの? こっちだって色々我慢してんだから」

「え??」

昴の口調がいつもと全然違うことにまず驚いた。
そして、大きく誤解されていることも。

「違うよ。 おじさんのことも昴・・くんのことも嫌なわけじゃない・・・」

私は本当に嬉しかったんだ。
学校から帰っても一人じゃない、昴がいる。
カップラーメンだって誰かが一緒なだけで、ずいぶん美味しく感じることを初めて知った。

素直になれないのは、ただ怖かったんだ。
お父さんとお兄ちゃんのいる幸せな家庭に慣れてしまう自分が。

シッターさん達は短い期間ですぐに変わってしまったから。
仲良くなって、大好きになっても、必ず別れがきた。

だから、怖い。

嫌なわけじゃない。

それを伝えなきゃ・・そう思って、口を開きかけたところを無慈悲な昴の言葉が遮った。

「心配しなくてもさ、この生活はずっとは続かないよ。 あの人達はそのうち別れて、俺たちはまた他人になると思う。
だから、それまでの間くらい上手くやってよ」

「え・・何でそんなこと言うの?
お母さん達、すごく仲良いじゃない」

「お父さんの浮気症は病気なんだって。
俺の本当の母親がそう言ってた。
瑶のお母さんは美人だけど、また別の美人をきっと見つける」

その時の昴の表情で、昴がお母さんのことを全然お母さんとは思っていないこと、私のことも妹なんて思っていないことを知った。
もしかしたら、おじさんのことも嫌いなのかも知れない。

昴は演技が上手だったんだ。


本当は嬉しいのに嫌そうにしている私。
本当は嫌なのに嬉しそうにしている昴。

変な私達。

「ねぇ、昴の好きな食べ物ってなに?」

初めて、昴を昴と呼んだ。

「いきなり何だよ?意味わかんない」

「いいから教えてよ」

「お寿司とエビフライかな?あとは・・ビーフシチュー」

私も昴もビーフシチューが好き。

でも、それだけじゃ仲の良い兄妹にはなれない。

夏の嵐の日に、私はそれを思い知った。


そして、
私が恐れていたとおりに、
昴が予言したとおりに、
お母さん達の幸せな結婚生活はそう長くは続かなかったんだ。































































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