イジワル社長と偽恋契約
小走りで旭さんに近づき傘の柄の上の金具の部分を握ると、軽く自分の方に引っ張った。

旭さんはそんな私を見てクスッと笑うと傘から手を離した。





「女が指してくれる傘に入るなんて初めてだな」


「そうですか…」と返した後で彼に歩幅を合わせて歩き始めた私は、大きな傘から旭さんが濡れないように必死で持って支えていた。


彼が指している傘に入るのと私が指している傘に彼を入れるのとでは、同じ相合傘でも全く違うものだと思った。

どうせ傘は一つしかないのなら指す役になった方がまだマシだ。





「会食の方はどうでしたか?」

「以前からひいきにしている店だ。味は変わりないよ」

「いえ食事の話ではなく…商談の事ですよ…」


誰があそこのレストランの料理の感想を聞くかっつーの。


あの店は宏伸社長も取引先との会食によく使っていたし、私も何度か同席した事もあるから料理の味は知っている。





「商談?そんなのうまくいったに決まってるだろ」

「どんなお話になったのですか?」

「お前に報告する必要あるのか?面倒な事をいちいち聞くな」


地面に跳ね返る粒の大きい雨が足にかかる中旭さんはそう言って歩くスピードを少し早めた。



旭さんは商談の話さえ私にしてくれない。

お父様の宏伸社長は商談だけじゃなく、私に関係のない仕事内容までよく話してくれていたのに…


やりにくいな。

この先本当にうまくやっていけるだろうか…






「…妙?」


ぼんやりと考え事をしながら歩いていたら、近くから私の名前を呼ぶ声がして思わず振り返ると、後ろには相合傘をした香苗と遥也がいた。





「あ…」


驚く私を見て2人はニコニコと笑いながらこっちに近づいて来る。

ちらっと隣にいる旭さんを見ると、無表情のまま香苗と遥也に目を向けていた。



どうしよう…

こんな所であの2人に会うなんて……


正直今は会いたくなかった。

旭さんの前で友人に会うなんて…


私の友達にしては賢そうだとかって、後でからかってくるに決まってるんだから。





「やっぱり妙だ♪後ろ姿でわかったよ~」

「スーツ着ててもわかるもんだなぁ」


私に近づいて来る2人はいつもの変わらないテンションで、遥也が持っている傘に香苗が入り腕を組んでいた。





「偶然だね…今日はどうしたの?」

「一昨日新婚旅行から帰ってきたばっかりでまだバカンス気分が抜けないから、外食しにこっちまで出てきたんだよ」

「そっか…」


少し自慢げに言う遥也に私に笑顔を返した。


2人が新婚旅行から帰って来ていたのは数日前香苗から連絡で知っていたけど、

今日真希が香苗も飲みに誘ったが、用事があると断られたと言っていた理由が今わかり内心一人で納得する。






「つーかもしかして…お前デート中か?」

「え?」
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