イジワル社長と偽恋契約
「それで…?あの2人に俺を恋人と紹介した訳は?」


旭さんは買ってきた缶コーヒーを開けて一口飲むと、運転席のシートを少し倒してもたれかかる。

どうやら話を聞いてくれる気はあるらしい…





「いや…深い意味はないんです。ただ昔からの友人に見栄を張ってしまったまでで」

「ふーん…俺を恋人と偽ってまで友達に嘘をついたってわけか」

「社長が否定しないからですよ!あそこで否定してくれれば私だって…」


言っている途中ですぐに自分の間違いに気づく。

車内に漂う普段は嗅ぎ慣れないコーヒーの香りが、私に冷静さと落ち着きを与えてくれた気がした。




「ごめんなさい…今のは忘れて下さい。全部私が悪いんです。私が嘘をついたからこんなことになったんですから」


旭さんのせいじゃない。

恋人だと嘘をついたのに否定することなく貫いて演技までしてくれたのだから、むしろ旭さんには感謝している…



香苗と遥也の前であんなに大人気ないことするなんて…私ったらいつまで過去のこと引きずってるんだろ。


私は持っているホットティーのペットボトルを握りしめながら、小さなため息をついた。





「ま、あそこで俺もお前に乗っかった訳だし…今回は共犯者ってことでいいんじゃないか?」


どうでも良さそうな言い方なのに、いつにかなく優しく聞こえる旭さんの言葉。


彼に甘えるつもりなんてないのに…

つい甘えてしまいそうだ。




「どうして私の嘘に同調くれたんですか?社長なら絶対に否定して来そうなのに…」


「いい加減な事言うな」とか言いそうだよね。

旭さんのあの対応は意外だったからかなりびっくりしたけど…





「お前のあの表情見てたら…気が付いたら合わせてたまでだ」

「え?」


あの表情って…私があの2人を見てた顔?

それを見て何か察したっていうの?


正直胸が高鳴った。


男性にこんな事を見抜かれたのは初めてに等しい…

こんな気持ち久しぶり。

まるで理想の人に会えた時の気持ちと似ているような気さえする。








「あの2人に借金でもしてるのか?」

「…違います!」


人を捨てられた猫のような目で見る旭さんに、一気に調子が狂った私。

だけど少し元気が出た。





「…男の方が元彼とか?」

「そんな訳ないじゃないですか…」


遥也には告白もできなかった。



ただの片想いだけの人なのに…

こんなにも特別な人だなんて…

私ってどれだけ面倒くさい女なんだろう…






「何はともあれ…社長には本当にご迷惑をおかけしました。ごめんなさい」


旭さんに頭を下げた。

共犯者と思ってくれたとはいえ迷惑をかけたことには変わりない。






「それで賭けの件ですが…今回は私の負けでいいです」
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