イジワル社長と偽恋契約
私の入れたコーヒーのカップを取ると、旭さんは意地悪っぽい笑みを見せて言った。


最初は飲み物さえ私が入れることを嫌がっていた彼だが、

毎日のように朝食を運ぶようになってからそれも受け入れてくれたようだ。


旭さんにコーヒーを入れるのは初めてだが、私には自信があった。

この数日間彼の世話をしてずっと見ていたから、味の好みは段々とわかってきた。

賭けは私の勝ちだ!






「…」

「…どうでしょう???」


旭さんはカップを持つとそのまま一口コーヒーを口に含んだ。


私は内心ワクワクしていた。

彼が「正解」と言う顔を早く見たいと思っていたその時…





「…不合格」

「ええっ!」


そう一言言った後で旭さんはカップを置き、嬉しそうにニヤニヤ笑って私を見てきた。





「嘘つかないで下さい!」

「嘘などつくわけがない」


私が絶対的な自信があったのには訳があった。

六本木で香苗夫婦に偶然あったあの夜、車の中で旭さんが飲んでいたのは微糖の缶コーヒーだったからだ。

私はあの時まるで証拠を掴んだ刑事のような気持ちになり、この賭けはもらったと密かに思っていたのだ。

だから今のコーヒーもほんの少しだけ砂糖を入れたんだけど…






「コーヒーはブラック派」

「嘘です!だってあの時…」

「あれはフェイク。お前を騙しただけだよ」


あの時…と言っただけなのにあの夜の事だと理解している旭さんを見て、私はこの時初めて騙されたと確信する。


全部計画的な犯行だったわけね…

やられたの一言だ。





「負けました…賭けは社長の勝ちです」


旭さんにぺこりと頭を下げて堂々と負けを認める私。


自信があっただけにストレートに負けるなんて、こんなに恥ずかしいことはないがここで反論したって負け犬の遠吠えでしかない。





「今回は俺の勝ちだ。だが…この金は貰うつもりはない」


社長のデスクに置かれた、あのグラスに入った賭け金を指差す旭さん。





「どうしてですか?掛け金を貰わないんじゃ勝った意味がないですよ」

「また賭けをすればいいじゃないか。こんなはした金貰っても何とも思わない。どうせだったらもっと金額を増やそう」


旭さんはスーツの内ポケットから財布を出すと、また何枚か万札をグラスに刺すように入れた。

私はしばらく迷った後、半ば渋々自分の財布を出して五千円札をその中に入れた。
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