イジワル社長と偽恋契約
「社長が亡くなってからうちの会社なんだか落ち着かないよね。妙は相変わらず忙しそうだしさ…私なんて自分の仕事してるだけなのに」

「まぁ慣れてるけどね」


最近の私は毎日のようにパソコンに向かい、寝る間も惜しんで働いている状態が続いていた。



社長が生前だった頃も不在の時はその分まで仕事を任されていたし、

営業と技術、総務や経理に至るまで全ての部署と連携を取りなるべくトラブルを回避してきた。



だから今更「忙しそう」と言われてもなかなかピンと来ないが、社長が亡くなった今…仕事はいつもの数倍は増えてさすがに疲労は感じる。


やり始めたら止まらないそんな性格の私を、いつも休憩しようと誘ってくれる亜美に感謝していた。






「少しは休んでよ?体壊したら元も子もないんだからね」

「大丈夫大丈夫。体力だけは自信あるし!」

「もう…」


私があまり実家に帰っていない事を知っている亜美は、どこかいつも母親のようだ。


私はそれに甘えるように、軽くあしらって返事をするのがお決まりの会話。

でも私にとってこの瞬間は心が休まる時間でもあり、亜美との交流はとてもリフレッシュする…





♪♪…


「あ、ごめん。電話だ」


テーブルに置いていたスマホが鳴ると、私は飲みかけのコーヒーを置いてその場から立ち上がり電話に出る。

内容は役員会の招集の連絡で、亜美と話していてせっかくリラックスしかけていた私だったのだがまたすぐに仕事スイッチが入ってしまった。


そしてその数日後…

予定通り役員会が開かれたのだった。




新たな代表取締役の選任や今後の経営の方針を決める為の役員会なのだが、生前社長秘書をしていた私がこの場に居ることを許可されたなんて…

なんだか嫌な予感しかしない。



開始時刻前に入室した私はやや緊張しながらなんだか落ち着かない様子でいると、私の隣に玲子さんが座った。





「おはようございます」

「どうも…主人の葬儀の時はお世話になりましたね」


夫人は白いツイードのレディーススーツに髪をアップしていて、相変わらずの凛とした美しさと近寄りがたいオーラがあった。



彼女は筋を通す真っ直ぐとした人で、言いたい事はハッキリ言う方だ。

一見すると見た目や雰囲気は怖い為、苦手だと思う人も少なくはないと思う。

私もここに入社した当時はその中の一人で、玲子夫人に会う度に顔をひきつらせていた程。


宏伸社長はとても温厚でいつもニコニコしている人だった為に、非常に対照的な夫婦に指をさす社員も少なくはない。

しかし日が経つにつれて夫人とも打ち解け、今はちゃんと向き合ってお付き合いが出来ている。


私は立ち上がって夫人に丁寧に挨拶をして頭を下げた後、また椅子に深く腰掛けた。






「失礼します」


すると私が椅子に座った直後に会議室の扉が開かれ、目を向けるとそこには高そうなスーツを着た見覚えのある男性が入ってきた。
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