イジワル社長と偽恋契約
あ、あの人…!


見覚えのあったその男に、私は思わず声を出しそうになってしまい慌てて口にぐっと力を入れた。




180センチは余裕で超える身長に長い手足。

色っぽい目と筋の通った鼻にきりっとした眉。



白鷺社長の葬儀で見かけたあの男だ…

間違いない。



そう確信した私はその男の登場に戸惑い隣にいる夫人に声をかけようと目を向けたが、声は出る寸前でそれを拒み私は口を閉じた。

目を細め眉をしかめる夫人はその男をじっと見つめていたからだ。


そんな表情を見てしまったからか、私は夫人に声をかけることが出来ず様子を伺うようにチラチラと気にするしか出来なかった…



夫人がこんな顔をするなんて…

この人何者なの?


何者であっても歓迎されてない事は確か。

あくまでも夫人にはの話だけど…





「開始時刻になりましたので始めさせて頂きます。大変急ではございますが…この度この白鷺ハウス社長に私白鷺 旭(しらさぎ あさひ)が一任する事になりました」


その男の言葉に会議室内が一気にざわめき始める。

そんな中、私は顎に手を添えて一人冷静に考え込んでいた…



嫌な予感的中…

訳のわからない男が役員会に入り込んで来て、おまけに新社長になるとまで言ってるなんて。



それにあいつの名前…白鷺旭?

どうしてあいつが社長の姓を名乗ってるの?


本当に何者…?





「詳しい事はこれからお話しますが、先に申し上げて置きたい事がいくつかあります。

私が突然ここに来て次期社長の一任を宣言しても、皆様にとっては何のことやらとお思いでしょうが…これは白鷺 宏伸元社長の生前の遺言なのです」



男の発言で会議室内はよりざわざわとうるさくなる。

私もさすがに冷静ではいられなくなった。



遺言て…社長はそんなものを事前に遺していたの?

秘書の私が知らないところで…そんなことを…





「詳しくは弁護士の堤(つつみ)の方から説明して頂きます」

「失礼します」


すると小太りな中年男性が小走りで会議室に入って来て、額から吹き出している汗をハンカチで拭いた。


彼は拍子抜けするくらいの可愛らしい声を出しながら、カバンから出した資料を読み始めた。





「え~…先日お亡くなりになられた白鷺宏伸社長より、生前の遺言書作成を事務所に依頼されておりました。この場で私から発表させていただきます」


堤弁護士は頬や首元に流れる汗をハンカチで押さえながら、かけている眼鏡をくいっとやる。





「白鷺ハウスの経営権と人事権及び、会社に関わる全ての相続権を白鷺宏伸の息子である白鷺旭に任せるものとする」


その言葉を聞いた私は、ここ最近で一番驚き思わず「え!」と声を上げてしまった。



この日から私の生活が一変することになろうとは…

私は胸騒ぎを覚えながらどこか覚悟してゴクリと息を飲んだ。
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