イジワル社長と偽恋契約
賭け事
新社長と名乗る男の名前は白鷺旭。
私の尊敬する白鷺宏伸社長と同じ姓を持つこの人は、社長の息子だと言い張ってから会議室の中のざわつきはしばらくおさまりそうになかった。
社員達が騒がしくなるのも無理はない。
社長と玲子夫人の間に子供はいない事は、白鷺ハウスに勤める者なら誰だって知っている。
飲み会や食事に行った時、社員の間では社長の跡継ぎの話で盛り上がったりするくらいだからだ。
ここにいる誰もが息子と名乗るあの旭とかいう男に驚いている…
もちろん私だってその一人だ。
ガタ…
耳障りな雑音の中で玲子夫人が席を立つと、一瞬にして会議室は静まり返った。
夫人は白鷺旭に目を向けること無く軽く頭を下げた後、しなやかな歩き方で部屋を出て行った。
「玲子さん!」
慌てて立ち上がって夫人を追いかけた私は、会議室を出てオフィスのフロアを歩く夫人に近づく。
玲子夫人はすっと立ち止まると、私の方にゆっくりと振り返り少し申し訳なさそうな顔をする。
「突然飛び出したりしてごめんなさいね。以前から知っていた事を…今更会議室なんかで聞く必要ないと思ったものですから…」
「…この事をご存知だったんですか?」
社長の遺言や息子さんの存在にも驚いたが、玲子夫人が彼の存在を知っていたという事も私にとっては同じくらい驚きである。
てっきり社長に隠し子がいた事実を知って取り乱したと思っていたから、拍子抜けしたと共に余計に謎が深まった所もあった。
「ええ。主人に隠し子がいる事は私と結婚して10年目くらいだったかしら…ふとした事でそれ知ってそれからずっと知らないフリをしていたのよ」
「そ…そうだったんですか?」
驚く事が多すぎてついていけないんだけど…
私は混乱する頭をなんとか支えながら玲子夫人の話に耳を傾けた。
「私は最初から主人にとって2番目だったのよ…それを承知でずっとあの人を愛して何十年と生きてきたわ」
少し涙ぐむ夫人は鼻をすすりながらそう言うと、ブランド物のハンドバックからシルクのハンカチを出して目元を拭いていた。
その涙は何を意味するのか…
この人はどんな思いで社長との結婚生活を送って来たのかは私には全くわからなかったが…こんなふうに泣く玲子さんを見るのは初めてだった。
「こんな事になるんじゃないかって…あの人が死んだ日から何となくわかってましたよ。今まで会社を一生懸命守ってきたけどもう知ったこっちゃないわ…後はあの新社長のあの白鷺宏伸氏の息子さんに任せて私は好きに生きさせてもらいます」
玲子さんの口から出た「白鷺宏伸氏」と社長のフルネームは、彼女なりに皮肉を言っているんだと気がついた。
夫人の遠まわしのジョークは本人なりのお茶目な部分だとわかったのは割と最近の事で、私はそれを見つけた時には必ずクスッと笑うようにしている。
私の尊敬する白鷺宏伸社長と同じ姓を持つこの人は、社長の息子だと言い張ってから会議室の中のざわつきはしばらくおさまりそうになかった。
社員達が騒がしくなるのも無理はない。
社長と玲子夫人の間に子供はいない事は、白鷺ハウスに勤める者なら誰だって知っている。
飲み会や食事に行った時、社員の間では社長の跡継ぎの話で盛り上がったりするくらいだからだ。
ここにいる誰もが息子と名乗るあの旭とかいう男に驚いている…
もちろん私だってその一人だ。
ガタ…
耳障りな雑音の中で玲子夫人が席を立つと、一瞬にして会議室は静まり返った。
夫人は白鷺旭に目を向けること無く軽く頭を下げた後、しなやかな歩き方で部屋を出て行った。
「玲子さん!」
慌てて立ち上がって夫人を追いかけた私は、会議室を出てオフィスのフロアを歩く夫人に近づく。
玲子夫人はすっと立ち止まると、私の方にゆっくりと振り返り少し申し訳なさそうな顔をする。
「突然飛び出したりしてごめんなさいね。以前から知っていた事を…今更会議室なんかで聞く必要ないと思ったものですから…」
「…この事をご存知だったんですか?」
社長の遺言や息子さんの存在にも驚いたが、玲子夫人が彼の存在を知っていたという事も私にとっては同じくらい驚きである。
てっきり社長に隠し子がいた事実を知って取り乱したと思っていたから、拍子抜けしたと共に余計に謎が深まった所もあった。
「ええ。主人に隠し子がいる事は私と結婚して10年目くらいだったかしら…ふとした事でそれ知ってそれからずっと知らないフリをしていたのよ」
「そ…そうだったんですか?」
驚く事が多すぎてついていけないんだけど…
私は混乱する頭をなんとか支えながら玲子夫人の話に耳を傾けた。
「私は最初から主人にとって2番目だったのよ…それを承知でずっとあの人を愛して何十年と生きてきたわ」
少し涙ぐむ夫人は鼻をすすりながらそう言うと、ブランド物のハンドバックからシルクのハンカチを出して目元を拭いていた。
その涙は何を意味するのか…
この人はどんな思いで社長との結婚生活を送って来たのかは私には全くわからなかったが…こんなふうに泣く玲子さんを見るのは初めてだった。
「こんな事になるんじゃないかって…あの人が死んだ日から何となくわかってましたよ。今まで会社を一生懸命守ってきたけどもう知ったこっちゃないわ…後はあの新社長のあの白鷺宏伸氏の息子さんに任せて私は好きに生きさせてもらいます」
玲子さんの口から出た「白鷺宏伸氏」と社長のフルネームは、彼女なりに皮肉を言っているんだと気がついた。
夫人の遠まわしのジョークは本人なりのお茶目な部分だとわかったのは割と最近の事で、私はそれを見つけた時には必ずクスッと笑うようにしている。