リワインドの神は虚しき骸にして愚かなる人間。
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 一度、死んだオレが手に入れた力――――リワインドの力。

 オレは、小学生の時にダンプカーに轢かれて死んだ。
 そのはずだった。
 なのに、オレは天国ではなく自分が死んだ日の朝に目覚を覚ました。

 セーブデータをロードし直してゲームをやり直すように、オレは時間を巻き戻す力を手に入れた。

 神の力か。
 悪魔の力か。
 確かなのは自分がその数奇な力を手に入れたということだけ。

 時間を巻き戻す――最後に目覚めた瞬間まで。

「修ちゃん」

 彼女を殺した日の朝は、彼女のその寝言で目を覚ました。

 二度目の今日が訪れ、隣で死んだはずの彼女が穏やかに眠っている。
 本当はここで彼女を起こさないようにそっとベッドを抜け出し、いつもより早く出社してしまった。
 そのことも、彼女の疑いに油を注いでしまっていたらしい。
 どの道、浮気の疑いは向けられるだろうが少しはマシになるかもしれない。
 だから、二度目の今日は彼女の頬にキスをする。

「どうかしたの? 修ちゃん」

「なんでもないよ」

 眠た気な彼女にそう言いながら、ふくよかな胸の谷間に頬をすり寄せる。
 胸の奥で確かに刻まれる鼓動を聞いた。

 眠い……

 幾度となく日々をやり直し、完璧な人生を演じてきた。

 リワインドの力は、目覚めの瞬間まで時間を巻き戻す力――目覚める前にはもう戻れない力。

 ベッドに入る前は、いつも不安に駆られる。
 今日は本当にこれでよかったのだろうか?
 何か間違いを犯してはいないだろうか?
 眠ってしまえばもうやり直せなくなる。
 本当にこれでいいのか?

 やり直せない事があるのは当たり前なのに、やり直せなくなることが恐ろしかった。
 彼女に浮気の疑いを向けられた根本の出来事も、遥か彼方の眠りの向こうだ。

 力を手に入れてから、安心して眠れた日などない。

 幾度となくやり直される毎日。
 完璧な人生の下には、やり直し捨て去った日々が転がっている。
 実年齢の何倍もの日々を過ごし、疲弊して年老いていく。

 ようやく気がついた。

 なんだ、オレ……スゲー疲れてるんだ。

 温かな彼女の胸の中で再び眠りにつき、いつもの時刻に鳴る目覚ましで目を覚ました。
 二回目の今日を始めよう。
 仕事をこなし、帰宅したオレに彼女は同じように詰め寄り、物を投げつけてきた。
 けれどオレはそれを全て受け止め、彼女を置いて部屋を出ようとはしない。
 根気良く彼女をなだめ落ち着かせ、彼女の扱いに細心の注意を払う。

 彼女を殺さないために。

「オレが愛してるのは絵美だけだよ。他に女なんていない」

「本当? 修ちゃん……」

 溢れる涙に瞳を揺らす彼女を抱いて、その夜は眠りについた。
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