妖しの姫と天才剣士
俺の体には着実に傷が増えていった。まだ重症は避けられているだけで、圧倒的に劣勢だ。
このままじゃ、確実に狩られる。
「……最悪な相手だな」
自分で吹っ掛けておいてなんだと、自分で自分のことを馬鹿にしている。
その瞬間、体が鋭い痛みで一瞬だけ動けなくなった。
とてつもない熱量が体から抜け落ちていく。
自分が脇腹を突かれたのだと理解するのに数瞬の時間を要した。
「くそっ…………」
未だにその域までは至れないということか。
この、殻に包まれた力では。
既に塞がった傷口をさすりながら視線を上にあげた。
月によく似た瞳の付近を赤い血で汚した姫様。
姫様のこの様子じゃ『心結び』を果たしたわけではなく、単に乗っ取られただけのようだ。
その証拠に今の姫様には沙雪としての意識がない。
いっそ俺の体に重症を負ってでも村へと帰ろうか。そうすれば姫様が幕府に渡ることだけはない。
向こうでジックリとこの思想を歪めていけば……。
いや、却下だ。そんなことをする余裕はない。
ならば。
「早めに撤退するに限るな」
期待以上の実力は見せてもらった。それで十分だ。
下手に抵抗するのは身を滅ぼす最悪の手段に違いない。