王子様はハチミツ色の嘘をつく


「それでも簡単な道のりではなかったので、僕には同じ思いをさせないよう、蜂谷華乃という許嫁を用意したんだと、大人になってから聞かされました。でも、僕には他に好きな人がいる……それを伝えたら、さっきの条件を突き付けられたんです」


それが、“本当に結婚したい相手に、心から愛されること”だったんだ。

そして、ついさっき……その条件は、満たされた。

こうして心が通い合うまでに、自分の知らないところで色々な事情が絡み合っていたんだと思うと、胸がジンと熱くなる。


「きみが東郷蜂蜜に入社していたのを知ったのは、社長に就任してからでした。それまでは、いずれ社長になるための、色々な研修で各地を飛び回っていたんです。しかし、父の病で予定よりずっと早く本社に戻ってくることになって……」


宙を見つめて、過去を懐かしむように話した社長だけれど、お父様の話になると、その表情が少し翳る。


「本当はすぐにでもきみをそばに置きたかったのですが、父から譲り受けた社長の椅子は、思ったより重圧のかかる立場で……社長に就任してから数年は、仕事のこと以外考えられなかった。例の、父からの挑発もありましたしね」


“俺が死ぬまでに、俺を超えてみせろ”――確か、そんな言葉だった。

社長はそれに応えようと必死で、今まで頑張ってきたんだ。


「それで、この頃ようやく社長としての自分に自信が持てるようになったのはいいのですが、同時に、父の命のタイムリミットが近づいていて……僕は焦りました。わざと壊れるような置き方をしたトパーズを磨かせて、きみを呼び出して、無理やり秘書にして。創希のフリをして嘘をついたのも、その方がきみの心が簡単に手に入るんじゃないかと、浅はかなことを思っていたからです」

「社長……」


彼のお父様の余命は、あとふた月。

それまでに、私を振り向かせようと躍起になっていたから、あんなにたくさんの嘘をついていたんだ。

これまでの彼の気持ちを思うと、胸がぎゅ、と締め付けられる。



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