王子様はハチミツ色の嘘をつく
「美味しそう……」
「味見する? 美都ちゃん今日バタバタして昼も食べてなかったんじゃない?」
「いいんですか?」
「もちろん。あ、フォーク忘れちゃったから、手でいい?」
え。手って……?
一瞬面くらって固まるけれど、創希さんは悪気のない笑みを浮かべながらすでにフレンチトーストをつかんでいる。
まさか、会場にセッティング済みのカトラリーを借りるわけにはいかないし、どうしたらいいの~!
「やばい、早くしないとはちみつ垂れる」
「え、あの」
「はい、あーん」
半ば強制的にフレンチトーストを口に突っ込まれて、私はもごもごしながら周囲の様子をうかがう。
会場には続々と社員が集まってきていて、コックコート姿の創希さんがその中で目立ってしまうために、自然と注目を集めてしまっている。
恥ずかしい……。でも、それよりも、このフレンチトースト――。
「美味しい……! なんだか噛まなくていいくらい柔らかくて、口の中で溶けるっていうか」
「でしょ? 静也の使いっ走りでパリまで飛んだ甲斐あったかな。ただ、“思い出の味”っていうのは美化されやすいから、ちょっと不安もあるんだけどね」
創希さんは言いながら、自信なさげにこめかみをぽりぽりと掻く。
「絶対大丈夫です! ……って言いたいですけど、元の味を知るのは静也さんのご両親だけなんですよね。でも、たとえ完全に味が再現できていなくても、私は静也さんの気持ちが伝わればそれでいいんじゃないかなって思ってるんです」
自分のことのように力説すると、創希さんは苦笑して頷いた。