王子様はハチミツ色の嘘をつく
第二章
社長秘書としての朝
翌朝私の目を覚まさせたのは、深見さんの低音ボイス……ではなく窓から差し込む太陽の眩しさだった。
上半身を起こし、重たいまぶたを擦りながらぼんやり思考を巡らせ、見慣れない周囲の景色から自分が置かれている状況を思い出す。
「……社長?」
ぽつりと彼を読んでみるも、すでにベッドにその姿はなかった。
もう起きてるんだ……。っていうか、いま何時?
ヘッドボードからスマホを取り、画面に映し出された現在時刻を見た私は途端に思考がクリアになった。
――八時三十二分。
「ち、遅刻……っ!」
東郷蜂蜜本社の定時は午前八時から午後五時。始業時刻はとっくに過ぎている。
ガバッとベッドから抜け出しリビングに駆けて行くと、すでに出勤準備を整え終わったスーツ姿の社長が、ソファで新聞を読みつつ爽やかに朝のコーヒーを楽しんでいた。
「ああ、おはよう。よく眠れたようですね」
私の姿に気付いた彼が、王子スマイルを浮かべる。
「はい、おはようございます。……って、何で起こしてくれなかったんですか! これじゃ会社に遅刻です!」
「……ああ、そんなことですか。それなら心配要りません。これからのきみの勤務時間は、会社に合わせるのでなく、僕のスケジュール次第で決まるので」
カチャ、と上品にコーヒーカップをソーサーの上に戻した社長が、ソファから立ち上がって私の元に近付いてくる。
社長のスケジュール次第で勤務時間が決まる……。
社長秘書って、そうなんだ。
つまり、庶務課にいたときのように定時キッチリで上がるなんて無理な世界ってことだよね……。