王子様はハチミツ色の嘘をつく
「きみは、ひとりで社に戻って下さい」
「え……? どうして……」
さっきは、今日の予定すべてに同行するようにって……。
瞬きを繰り返して不思議そうにする私に、彼は淡々と冷たい口調で告げる。
「今のきみを養蜂園に連れて行っても、どうせ上の空になるに決まっています。だったら秘書室に行って、深見に指示を仰いでください。上の空になる暇もないくらい、仕事を与えてくれますから」
「え、あの……」
何か言おうと思うけれど、上手い言葉が見つからない。
そして温度のない、仮面のような表情をした社長を見ていると、余計に何を言えばいいかわからなくなった。
「では、僕はこれで」
私の方を見ずに言って、スマートな動作でタクシーに乗りこんだ社長は、そのままあっさりとこの場を去ってしまった。
車が見えなくなるまでぼんやりとその後ろ姿を見送った後、私は急に心細くなって、下唇をきゅっと噛んだ。
……どうしてだろう。彼を怒らせてしまったみたいだ。
秘書の仕事についてはまだわからないことだらけだけれど、社長が仕事をしやすいように立ち回ることが大事だと言うことくらいはわかる。
つまり、今の私では全然ダメってことだよね……。
はぁ、と元気のないため息をこぼして、私は会社に戻ることにした。
けれど社長が一緒でないときにはタクシーを使ってはいけないような気がして、目に入った地下鉄の階段を目指してとぼとぼ歩いた。