王子様はハチミツ色の嘘をつく
許嫁、現る
地上十一階建ての本社ビルに戻ってくると、一階のエントランスを抜けてエレベーターに乗り、秘書室と役員室のある最上階を目指した。
“お前はついて来るな”と言わんばかりの社長の冷たい瞳を思い出し、落ち込んだ気持ちを引きずりながら上がって行く階数表示を眺める。
これ以上社長を不快にさせないよう、深見さんに与えられた仕事はきちんとこなせればいいんだけど……。
そんなことを思いながら目的の階に到着すると、開いたエレベーターの扉の前で、ひとりの女性と鉢合わせた。
アーモンド形の大きな瞳、ぽってりと厚めの唇、お人形のような長い睫毛……。
ふわっとパーマがかったセミロングヘアがよく似合う、お姫様みたいなひと。
彼女が首から下げているのは来客用の入館証だ。しかもこの階にいるということは、役員の大事なお客様だろうか。
私はすぐにエレベーターから出て、ドアが閉まらないようボタンを押し続ける。
そして彼女がエレベーターに乗るのを待っていたけれど、彼女はその場を動こうとせず、私をじっと見つめている。
「あ、あの……なにか?」
愛想笑いを浮かべて尋ねると、彼女は少し遠慮がちに、口を開いた。
「美都……じゃない?」
「え……?」
「私のこと、わからない? ほら、昔よく一緒に遊んだ!」
急に親しげな調子になり、私の手をぎゅっと握ってきたお姫様のような女性。
いや、私の友人にこんな華やかな美人はいないはず……と、思い返している途中で、昨夜の弟からのメールを思い出した。
「華乃……?」
問いかけるなりうれしそうに笑みを深めて、彼女がうなずいた。
ほ、ほんとに華乃だった~! なんでここにいるんだろう。まさか、私に会いに来てくれたとか?
じわじわと懐かしさがこみ上げ、私も表情もほころばせる。