王子様はハチミツ色の嘘をつく
「蜂谷華乃は、確かに東郷社長の許嫁です」
秘書室内にある、小さなミーティングスペースで、私は深見さんと向き合っていた。
パーテーションの向こう側では、ひっきりなしに動くコピー機の音や秘書課員がせわしなく動いてヒールを鳴らす音、そしていろんな場所からかかってくる電話の音で騒がしい。
「……じゃあ、私なんて必要ないじゃないですか」
さっき華乃と会ったことで、私が今まで感じていた“社長との運命”みたいなものが一気に色褪せ、“たわけた幻想”へと変化しつつあった。
王子様にはもう決まったお姫様がいるというのに、シンデレラになれると信じていた自分がばかばかしい。
そんな思いから、目の前にいるのは本人でないのに、責めるような口調で深見さんに問う。
「社長はいったい何を考えているんですか?」
「……それは私の口から言うわけにはいきません。でも、社長の思惑がわかったところで、何も変わりませんよ。あなたは社長から逃げられない」
強い眼差しでそんなことを言われても、私のなかにあるモヤモヤした黒い霧はまったく晴れない。
許嫁がいるっていうのに、どうして私を逃がさない必要があるの?
日本の結婚制度は一夫多妻制じゃないのよ?
深見さんは渋い顔で押し黙る私にため息をつくと、ポケットからスマホを取り出してどこかに電話をかけ始めた。
このタイミングで……ってことは、もしかして。
「――深見です。社長、今少し、よろしいでしょうか」
予想通りの展開に、胸がざわつく。
やっぱり、電話の相手は社長……。