王子様はハチミツ色の嘘をつく
思わず深見さんの方を凝視して、何を言うつもりなんだろうと思いを巡らせていると、彼が電話の向こうの社長に静かに切り出す。
「私の不手際で、芹沢さんが蜂谷華乃と鉢合わせ、許嫁の件を芹沢さんが知ってしまいました」
その言い方から察するに、彼らは共謀して華乃の存在を私に隠していたってこと?
でも、そんなことして誰が得するんだろう……。
「……そうですか、承知しました。お伝えしておきます」
会話を終え、スマホをポケットに戻した深見さんが、私を見つめる。
真顔なのだろうけど妙に迫力のある彼の強面にたじろいでいると、その口が開いて低い声が私に告げる。
「社長はまだ養蜂園ですが、こちらに戻り次第、許嫁のことをあなたに説明すると」
「……説明、ですか」
“弁解”の間違いじゃないんですか……?
思わず心の内でそう毒づいてしまうけれど、口に出す勇気はなかった。
「それまでの時間を使って、少しずつ仕事を教えますので、こちらへ」
「あ……は、はい!」
席を立った深見さんが、パーテーションの向こうに私を案内する。
入ってきたときはゆっくり見る暇がなかったけれど、デスクの並んだオフィスは庶務課とそう変わらない様子。
ただ、静かに平和に、ゆっくりと時間が流れていた庶務課とは違う、バタバタとした騒がしさがあった。