王子様はハチミツ色の嘘をつく
苦笑しながらそんなことを言う涼子さんだけど、私はどう反応したらいいかわからず、「はぁ」と間の抜けた声を出していちおう頷く。
「……では、あとのことは任せましたよ」
え、深見さん、このタイミングで行っちゃうんですか?
昨日の夜といい、いつも大事なところで私を置いて行く彼が恨めしい。
「ええ、じゃあ、さっそくあなたのデスクに案内するね」
深見さんから私を託された涼子さんは、細いヒールを鳴らしてオフィスを横切ると、ひとつの真新しいデスクの前で立ち止まった。
「ここが芹沢さんの席ね。朝来たら、まずはパソコンでメールチェック。あなたのところには、あなた本人宛、秘書課宛、それから社長宛のものが届くようになっているからものすごい量だと思うけど、そのすべてに目を通して、返信が必要な物には返信」
「ちょ、ちょっと待って下さい! メモします……!」
慌ててバッグからメモ帳とボールペンを取り出し、今言われたことを書き留める。
メールチェックの次の仕事は何だろう、とペンを握りしめたまま涼子さんの次の言葉を待っていると、彼女はからっと明るく笑って言う。
「それが終わった後のことは、社長から聞いて?」
「え?」
「実は、あなたの仕事だけちょっと特別なのよ。私たちは、いわゆるグループ秘書で、誰がどの役員の秘書かというのは決まっていないの。でも、芹沢さんは社長専属でしょう? 秘書課全体の指示というよりは、社長の指示で動くことが多いと思うのよね」
……そうだったんだ。グループ秘書。
確かに、その方が皆でフォローしあえて仕事の効率もよさそう。
とはいえ、私は社長専属。
正直、面倒見のよさそうな涼子さんに色々と教えを乞いたかったところだけど、そうもいかないんだ……。