海は悲しきものがたりいふ
ものがたりめくわが宿世ゆゑ
一番最初の記憶は、暗い夜の海の冷たさと、私を見る赤い目。
私の中から決して消えない。
全身の血が凍りつきそうな、記憶。


いつも私を救ってくれたのは、天使のような兄。
「あーちゃん、泣かないで。」
小さな手で私を抱きしめて、慰めてくれた。

……言い換えれば、父も、母も、私の味方ではなかった。
兄だけが、私を愛し、守ってくれた。



4歳になり、幼稚園に通い始めると、自分の特異性を知った。
私は、他の子と比較して、ずいぶんと頭が良いようだった。

そして、兄は……記憶力も判断力も普通よりも低いようだった。
無論、そんなことで、私の兄に対する信頼と依存は揺らぐことはない。

私はいつも2つ上の兄、彩瀬(あやせ)から離れようとしなかった。
ずっと。


彩瀬が小学生になると、私は幼稚園に行かなくなった。
……彩瀬がいない幼稚園に、私の居場所を見いだすことができなかったのだ。

だからと言って、家にもいられなかった。
私の母は、私を憎んでいたから。
いや、ちょっと違うな。

母は、私の存在を否定していた。
私にとっては、自宅すら、彩瀬がいなければ存在できなかった。

毎日、彩瀬が小学校に登校するのに付いて行った。
もちろん最初のうちは校内には入れてもらえなかったが、そのうちに私の能力に教師が気づき始める。

私は、小学校の図書館に入れてもらうかわりに、いくつものテストを受けさせられた。
IQは、その時々によって違ったが、180から210の間を推移していたようだ。

私立の小学校や、外国の研究機関からのスカウトもくるようになった。
両親は私を厄介払いしたかったのだろう……前向きに検討していた。

が、私自身には全くその気がなかった。

だって、彩瀬と一緒じゃないから。

彩瀬がいないところで、私が生きていけるわけがなかった。
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