海は悲しきものがたりいふ
足の痛みが焼けるような激痛に変わったことに気づく。

鼻緒が当たるところが3ヶ所ともベロンと皮がめくれて血がにじんでいた。
両足だから、私も合計6ヶ所。

……絆創膏、買うて帰ろう。


1時間以上かけて自宅マンションに辿り着いた頃には、雨はすっかり上がっていた。
彩瀬、もう帰ってるかな。
とぼとぼとエレベーターで上がり、鍵のかかったドアを開ける。

もう23時前。
父も母も寝室かな。

居間が暗いのを確認して、私は濡れて重たい浴衣の裾と袖を玄関先で少し絞ってから、下駄を脱いだ。
いつものフローリングの床が柔らかく感じる。

疲れた……。
廊下を歩きながら帯を解き、伊達締めをはずし、浴室の脱衣所へ向かった。
腰紐もはずして浴衣を羽織ってる状態で脱衣所のドアを開ける。

「え……」
そこに、父が立っていた。
パジャマ姿で、歯磨きをした直後なのだろう、ミントに似た香りが漂っていた。

「あ、ただいま。」
私はそう言いながら慌てて、浴衣がはだけてしまわないように抑えた。

父の顔が赤くなった。
凝視している父の視線を追って、自分の白い浴衣が水に濡れて透けてしまっていることに気づいた。

慌てて私は父に背を向けた。
「……あおい……」
父の声が思ったより近くで聞こえた。

悪寒がする。
耳元に熱い吐息を感じて、私はビクッと震えた。
「色気がないからいつまでも子供だと思ってたけど、もう大人の女なんだな。」
父の言葉と口調が気持ち悪くて、私は振り返って睨んだ。

「お父さん!やらしい!お風呂入るから出てって!」
でも父の目は透けた私の胸にロックオン。

父はゴクッと音をたてて生唾を飲み込み、あろうことか、手を伸ばしてきた。
「やっ!」

私は父を突き飛ばした。
父は音を立てて尻餅をついた。

そして私も勢い余って同じようにぺったりと座り込んでしまった。
……震えて、立てない。
とにかく、浴衣の前を押さえて、父から離れようと後ずさりした。

背中に何かが当たる。
振り返ると、足……母が能面のような表情で立っていた。
「……彩瀬だけじゃ飽き足らずお父さんまで誘惑するなんて……」
母の言葉に私は耳を疑った。

「何言うてるん?」
「……あんたなんか死んでしまえばいい……化け者……」

母の目がおかしい。
能面は能面でも、「小面(こおもて)」や「若女(わかおんな)」、「増女(ぞうおんな)」じゃない。
あれは、「泥目(でいがん)」。

母は私に本気で嫉妬している。

私は何も言えなくて、ただぶるぶると首を横に振り……這うように自分の部屋へ逃げ込んだ。
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